かつて家族で行った旅行のこと

 旅行、というタイトルにしておきながら、多分だけど、わたしは今までに家族で遠出をした記憶がない。少なくとも、飛行機や電車に乗っておこなうような長旅は。ものごごろ付いた時からなんとなく家族内の雰囲気はごちゃごちゃしていて、また、家族の性格もレジャー向きではなかった。母は「家族らしさ」というか、‘‘仲の良い家族‘‘というものにあこがれがあるみたいで、本来はそういったものにも行きたかったろうと思ったりする。しかし生憎、母以外の家族は、私を含めても、外に出るのはあまり好きではなかった。

 一つだけ私が思い出せる家族での思い出は、海だ。一回だけ、家族4人で、隣りへ海水浴に出かけたことがある。私が10歳くらいの時、母と父、私と兄で。 わたしはそのころスイミングスクールに通っており、クロールくらいはできたが、海とプールでは環境が違った。例えば深さとか。水の温度とか。匂いとか。 塩っ気のある水をおもいきりすいこみ、むせ返り、うまく泳げなかった私はしょげ込んで。その後帰るまでに水につかることはなく、母と一緒に砂浜をてくてくと歩いて過ごした。

 変なものを発見したのはそのあるきの途中だった。前方、何か大きさを持ったかたまりが砂浜に横たわっていた。それに動く気配はなかった。興味をひかれた。母と一緒に、恐るおそる近づいてゆく。

 

 それが死んだ鯛であると私に教えてくれたのは母であったはずだ。当時の私にはその体は大きく感じられたが、実際の所A4サイズくらいでしかなかったのだろう。腹を見せて、横たわっていた。母は私の手を引いた。もういこう、と母は言った。

 私としては、その魚を家に持ち帰るのだろうと予想していた、しかしそうではなかった。おかしい、と思った。いや、タイやで! ふつう持ち帰るやろ! 刺身にするんとちゃうん。

 まあ普通に考えて、いつ死んだか、なぜ死んだかもわからない魚を持ち帰って食おうとする馬鹿はいませんよね。今ならわかる。保冷バッグもなかったし。

 

 とりあえず、砂浜で見つけたさかなはたとえ珍しくても食べちゃダメですよ。おなか壊すし、今頃はどんな寄生虫がいるか分かったものではないですから。

 

おわり